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福岡県大牟田市で平成館というフルコンタクト空手の道場で先生をしています。 空手のことや私生活をアップしていきます。

支援物資を保管する倉庫を建てにいきました‼

どうも、ゴールデンウィーク明けから毎日エンジン全開の中島です

 

最近は、朝から熊本まで行って支援を行っていらっしゃる団体のお手伝いをして、終わってからはバイトや空手に精を出しています。

 

5月14日は、熊本市内に支援物資を一時保管する巨大倉庫(横10m、奥行き32m、高さ5m)を建てるのをお手伝いさせていただきました‼

 

これが今回貴重な体験となったので、記事にさせていただきます。

 

 【今回のいきさつ】

 私が前の記事で支援物資を熊本まで届けたことを記事にしましたが、そこからのご縁で東京のNPO団体のセカンドハーベストジャパンの方を紹介していただいたことがきっかけです。

hidetaaan.hatenablog.com

 前回の記事です。

 

セカンドハーベストジャパンフードバンク事業を日本で初めて行ったNPO団体です。

フードバンクということばを始めて聞く方のために少し解説をしておきます。

食品メーカーや外食産業などでは、品質には問題がないものの、包装不備などで市場での流通が困難になり、商品価値を失った食品が発生する。従来は廃棄されていたこうした食品の提供を原則として無償で受け、生活困窮者を支援しているNGONPO等の市民団体を通じて野外生活者や児童施設入居者などの生活困窮者に供給する。賞味期限切れなど品質に問題のある食品は対象としない。提供を行う企業にとっては、廃棄に掛かる金銭的な費用を抑制できるだけでなく、食品廃棄物の発生を抑え、福祉活動に貢献しているという面でCSRの取り組みともなり、企業価値の向上にもつながってくる。

   フードバンク - Wikipedia

 

 このセカンドハーベストジャパンさんが現在熊本で支援活動をされていて、僕はそのお手伝いという形で参加させていただいています。

 震災直後は、支援物資の搬送や一時的に保管したりという活動を行っていたそうです。現在は、ニーズ調査をしながら長期支援計画を立てて、適切な支援の方法を模索中とのことでした。

 支援としては、フードバンク事業で培ったノウハウを生かし、今回の震災で被災された方々を支援している団体に支援物資を渡すこと(BtoBのようなイメージ)と震災がきっかけで失業された方やシングルマザーの家庭などに必要な食料を配達するというものです(BtoCのようなイメージ)。行政レベルでは支援できない、個人を中心に展開を考えられているようです。個人情報は直接扱わずに、行政や社会福祉協議会やその他NPO団体などから情報をいただき、その情報を元に支援を必要とされている方に支援を行うそうです。

 

 そして今回建設した倉庫は、上記の活動を行うための拠点となるものです。支援物資を一時保管したり、仕分け作業を行ったり、配送するためのパッケージを作ったりなどの活動を行う予定です。

 

 倉庫は、WFP(国際連合世界食糧計画)さんとセカンドハーベストジャパンさんとの共同で建てられました。

 ちなみに、WFPとは、、、

国連WFPは、飢餓のない世界を目指して活動する国連の食糧支援機関です。

戦争や内戦、自然災害などの緊急事態が発生した時には、必要とされる場所に食糧を配給して、被害にあった人々の命を救っています。緊急事態が過ぎ去った後には、食糧を用いて、地域社会の荒廃した生活の復興を助けています。

国連WFPは国連システムの一部であり、活動資金は全て任意の拠出金・募金でまかなわれています。

国連WFPは1961年に設立されました。すべての男性、女性、子どもが、活動的で健康的な暮らしを送るために必要な食糧を常に手にできる世界を実現するということを目標としています。

国連WFPは、国際連合食糧農業機関(FAO)および国際農業開発基金(IFAD)という、イタリア・ローマにある姉妹国連機関、ならびに各国政府、国連機関、NGOのパートナーとともに、この目標の実現に向けて活動しています。

2014年には、 82カ国において8,000万人に320万トンの食糧支援を実施しました。およそ1万5,000人にのぼる職員の9割近くは途上国の支援現場での活動に従事し、飢餓に苦しむ貧しい人々を直接支援しています。

    飢餓のない世界を目指して | 国連WFP

 

 今回は、熊本市内にある「お弁当のヒライ」の本社建設予定地を無償で提供していただいた土地に倉庫を建設しました。 

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パノラマで撮影しましたが、広さが伝わりづらいですね、、、泣

とにかく、めちゃくちゃ広いです‼

写真でわかるように、この日は今年一番の暑さで、滝のような汗を流しながらの作業になりました。

 

【メンバー】

今回参加されたメンバーは

・WFP職員(外国人1名、日本人スタッフ2名※しかし、日本人の方も通常は海外でお仕事をされていて、一時的に日本に滞在しているとのことでした。)

セカンドハーベストジャパンの方々

・全国のフードバンク関係団体の方々

・一般のボランティアの方々

 

また、人数が必要だということで大学の後輩達を誘ったところ快く3人が協力してくれました‼

朝7:00から大牟田を出発し8:40ごろには、現場に着きました‼

 

【倉庫の特徴】

今回建設したのは、MSU(モーバイルストレージユニット) と呼ばれるもので、東日本大震災の際にも、たくさん建設されたものです。

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 完成図

 

この倉庫は、設置や撤去が非常に簡単で、輸送や保管を簡単にするために至るところに工夫が施されていました。

例えば組み立ては、

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 写真のように、アルミニウムでできているフレームにアルファベットや番号が振ってあり、その番号が同じものがワンセットで、それとは別に●の印が付けられているので、●の個数が同じ所をピンやボルトで固定していくという非常に簡単にできるようにしてありました。

 輸送や保管を簡単にする工夫としては、フレームはほぼすべて中は空洞になっているので、大きなフレームの中に、小さなフレームや部品を収納できるようになっていました。写真は撮り忘れました、、、、、泣

 

【作業内容】

今回は、現場監督の外国人の方から英語で出される指示に従って行いました。(もちろん通訳の方もいます)

1.フレームの仕分け

 上記の説明したように、フレームをアルファベットや番号ごとに仕分けます。

2.フレームの組み立て

 ドアを組み立てる班とフレームを組み立てる班の2つに分かれて作業を行いました。

 両方の班が組み立て終わったのは昼過ぎぐらいでした。

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ドアの部分

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組み立てられたフレーム

 

3.フレームの結合作業

 フレームを立てて、フレーム同士を結合させていきます。

 この作業が一番危険なので、緊張感がありました。みなさんしっかりヘルメットを着用してからの作業となりました‼

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フォークリフトを使って、棒をはめていきます。

 

5月15日には、ここまでで作業が終了しました。

翌日に残りのテント張りは行うとのことでした。

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15日の作業終了時のテント

人と大きさを比べると倉庫の巨大さが分かります。

 

こんな感じで組み立てました。

けがや事故がなく、安全に作業を終えれてよかったです。(約一名日焼けの後に苦しんでいたようですが、、、笑)

 作業が終わった後には、懇談会がありWFPの方々や全国のフードバンクの方々からたくさんお話しを聞くことができました。

 

【感想】

  今回のテント建設のお手伝いをさせていただいて、一番思ったのはボランティアに参加することで、普段知ることができないようなことをたくさん知ることができるということでした。

 特に昼食時や懇談会の時は、「WFPが普段どのような仕事をしているのか?」「各フードバンク団体がどのような形で熊本支援を行っているのか?」被災した熊本の現状をフィールドに入って詳しく知ってある方などの話を聞くことができました。

 ニュースや新聞、インターネットなど情報を手に入れる手段はたくさんありますが、本当の意味で現場の「声」が聞ける機会は、少ないと思います。

 直接現地に行ってボランティアをした体験やその体験を通して、僕が考えたことや思ったことや現地の方々からの声を少しでも多くの方に知っていただくために今後もブログを書いていきたいと思います。

 また、今回は直接的な支援ではなく、支援するための拠点づくりという重要なことをお手伝いをさせていただき、大変貴重な体験をすることができたことに、深く感謝しております。

 

【最後に】

 今回、急な誘いにも関わらずに快く手伝ってくれた後輩達にほんとに感謝してます。

 殺人的ともいえる日差しの中一日中作業したみなさんほんとにお疲れ様でした。

 遠方から来てくださっている方々もたくさんいて、人の温かさを改めて感じることができました。

 現場監督が英語でしか意思疎通ができなかったので、僕が大学生の頃にフィリピンに行った経験を思い出しました。(このこともいつか記事にしたいと思います。)

 そして、一番嬉しかったのは、現場監督の外国人から「Brother」と呼ばれたことですね、、、笑

 では最後に作業終了後の集合写真でお別れです‼

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